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エレクトタイムス15 1997.7.31

まずは、漫画「あしたのジョー」<作/高森朝雄(梶原一騎)、画/ちばてつや>より、私の最も好きな場面を引用したい…。
紀子(のりこ、以下:紀)「矢吹君…もうボクシングやめたら?」(中略)矢吹丈(以下:丈)「どうしてそんな事ばかり聞くんだい…。」紀「だって…この頃矢吹君を見ているとつらそうで…疲れているみたいよ、精神的にも肉体的にも。」(中略)丈「拳闘はな、弱肉強食の世界さ、噛みつかなけりゃ噛み殺される。だからこっちとしちゃ必死で…それこそ死にもの狂いで噛みつくんだ。だが相手の流した血に対して、止まってしまった心臓に対して、ある負い目が残るのも確かだ。こいつは俺だけの感じ方かも知れないがな。」紀「なんの話…?」丈「まぁ…とにかくへんな例えかも知れないが…人を殺した奴は死刑になるって掟が世間にはあるように、まがりなりにも拳闘の世界で血を流しっこして生きてきたからには…今さら中途半端な形で疲れただの拳闘をやめたいだのってぜいたくは言えねぇような気がするんだよ。」「死んだ力石に対しても…あごの骨を砕いて再起不能にさせたウルフ金串に対しても、それと、今度の廃人になっちまったと言うカーロス・リベラに対しても…さ。」(中略)紀「矢吹君は…さみしくないの?同じ年頃の青年が海に山に恋人と連れだって青春を謳歌していると言うのに。」丈「…。」(中略)紀「みじめだわ、悲惨だわ、青春と呼ぶにはあまりにも暗すぎるわ!」丈「ちょっと言葉が足りなかったかも知れないな…俺、負い目や義理だけで拳闘やってる訳じゃないぜ、拳闘が好きだからやってきたんだ。紀ちゃんの言う青春を謳歌するって事とちょっと違うかも知れないが、燃えている様な充実感は今まで何度も味わってきたよ…血だらけのリングの上でな。」「そこいらの連中みたいにブスブスとくすぶりながら不完全燃焼しているんじゃない。ほんの瞬間にせよまぶしすぎる程にまっ赤燃えあがるんだ。そして、後にはまっ白な灰だけが残る…燃えかすなんか残りやしない…まっ白な灰だけだ。そんな充実感は拳闘をやる前には無かったよ。」「分るかい紀ちゃん。負い目や義理だけで拳闘をやってる訳じゃ無い。拳闘が好きなんだ。死に物狂いで噛み合いっこする充実感が割と俺好きなんだ。」紀「矢吹君の言っている事…何となく分かるような気がするけど、私、ついていけそうに無い…。」(引用オワリ)親とて友とて恋人とて、理解はすれど、ましてや世間一般の人々ともなれば大半が紀子の側であろう。これが例えば「マリア観音」の「木幡東介」ならば、“ボクシング〜拳闘”の部分を“音楽”に“リング”を“ステージ”に置き換えてみよう。そして、誰にも本当の自分を曝け出せず鬱病となり、真の自由を得ること無く首吊り自殺し死んだ「宮脇慎吾」、トゥーマッチな音楽性ゆえのハードなリハーサルやライヴ・スケジュール、生活苦に追いつめられ、母、兄、友人知人その他すべてを捨てて蒸発、音楽を続ける途を自ら閉ざし、もはや再起不能と思われた「小森雅彰」、結成時より10年もの間、「マリア観音」のドラムを叩き続け、「宮脇」の死、「小森」の失踪を目の当たりにしながらも責任放棄する事無く、しかし「木幡」との信頼関係が崩れ破門となり、「マリア観音」の楽曲を演奏する快楽を知った今、もはや他のバンドでプレイ、音楽を続ける事さえ考えられず、ミュージシャンとしては言わば廃人となった「平野勇」ら三人にとっては“ボクシング〜…”を“マリア観音”にそれぞれ置き換えて見れば、誰に言われるともなく、続けるべきか退めるべきかと言う自問自答を幾度となく繰り返した事であろう。“栄光”か、しからずんば“死”は何も音楽に限った事では無いが、余りにも短かすぎる人生を“死”を背負う、すなわち“死”を意識するとしないではその人間の“生”の意義と価値は天と地程も違ってくるだろう。「士(サムライ)は己を知る者のために死す」とは武士道を説いた「葉隠(はがくれ)」と言う書物の言葉だが、それは自分の価値を認めてくれている人間の信頼を裏切らないと言う意味であると同時に、誰かのためでは決して無く、自分自身がまず自分に対して誇りを持ち、なおかつ魂に恥じぬやり方で自己の存在意義を認めさせると言う事であり、「葉隠」では「肉体の死よりも魂の死を恐れろ」とも説いている。真のオリジナリティとは誰の真似でも無い事はもちろんだが、そう易々と誰かに真似されてしまう、すなわち簡単に代わりが利くものであってはならない。「木幡」ならば“音楽”、「平野」や「小森」にすれば“マリア観音”は決して売り渡してはならぬ“魂”のごときものであろうが、やはりそれも決して誰かのためであるとか誰かの代わりのものであってはならず、あくまでも自発的かつ自由意志に基づいて、自己のみが表現し得る、何者にも媚びず何者にも拠りかからぬ唯一無二なオリジナリティの獲得と、まだ見ぬ理想の体現への飽くなき追求あってこその話であり、“魂(ソウル)”と言うのが大げさならば“プライド”あるいは“プロ意識”と言い換えればお分かり頂けようか。

♪どす黒い欲望だと 誰しもに吐き捨てられたならば 売り渡したら無期懲役 死ねない地獄 無期懲役 耳鳴りに聞こえるけれど お前の声さ 本当の声さ 世界の声さ 明るい世界は何処だ 此処だ 誰だ 俺だ…
木幡東介作詩「漆黒界」より

この世になんと無期懲役囚の多い事か。「時間を無駄に過ごす人間は何の為に生きているのか分かってない人間だ」というのは少々言葉が過ぎるかも知れぬが、それは何も表現者であるとか、老若男女、ましてや身分の上下を問わず、宮本武蔵の著した「五輪の書」によれば、「ふつう、武士の信念はというと、ただ死を覚悟する事だという程度に理解されている。が、死を覚悟するという点では、武士に限らず、出家でも、女でも、また百姓以下に至るまで、義理を知り、恥を思い、死を覚悟するという事では、その差別はないのである。」とある。そう言えば、「死んでるみたいに生きたくない」と言ったのは確かオノ・ヨーコであったか…。


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